奈落の底からの恨み節

ちょっとポエムを。
ほんとポエミーな感じです。
いっそのこと、山﨑歩恵美(ぽえみ)に改名しようかと思うぐらいにポエミーかつよくある昔話。

むかーしむかーし、河内の地に住むとある女子大生が「えすいー」という職業に憧れておったのじゃ。(市原悦子風)
そして就職氷河期にくじけそうになりつつも、オーサカからトーキョーに出て無事にえすいーとして就職したのじゃ。

※ダルいのでここからは普通にします。。

「SE」といっても当時よくある「独立系ベンチャーソフトハウス」という、今になるとなんのこっちゃかわからんけれど、とりあえずメーカー系SIer案件の2次請け、3次請けをしているような小さな会社でして。
その会社ではいきなりSEになれるわけではなく、まずはプログラマーというくくりで、でも受注案件によってはプログラミングはせずにガッツリインフラ環境構築・・・なんてこともあり。

自分が配属されたのはインフラ構築系を受注しているチーム。
チームによってはプログラミングをガッツリするチーム、インフラガッツリチーム、両方バランスよくチームという3つのチームに分かれていました。
それぞれ元請けとなる企業は別の企業となるのですが、私が配属されたインフラチームは元請けが官公庁や民間でも公共系企業に強い企業で、インフラ構築だけではなく、運用設計やときには元請けとなる企業がお客様が開催する競争入札のための提案資料やらRFIRFPへの回答を作ったり、なんてこともしていました。

ただ、ご多分に漏れず、2次請け、3次請けという立場なのでスポットでの環境構築オンリー案件であったり、フェーズ単位での契約で詳細設計フェーズからとかテストフェーズから本稼働開始まで、というような単位で文字通り現場に「投入」され、契約していたフェーズが終了すると別のお客様の現場へ派遣されていく・・・そんなかんじで約7年のあいだに20プロジェクト以上、もうだいたいわかんないのでカウントミスをしている自信が超あるぐらいにいろんな現場を渡り歩いてきました。

最近、よく多重下請け構造の弊害として分業制によるエンジニアのスキルアップの機会損失、プロジェクト自体も人の入れ替わりが激しいため、作業を一番低いレベルのエンジニアでもできるようにするために本来は不要なところまで、それこそ小学生でも書いてあるとおりに実行すれば作業を完遂できるレベルでのドキュメント・手順を作成しているがゆえのリソース・時間コストの無駄な消費、そしてなによりもエンジニアを使い捨てのようにする意識が元請け、下請け限らずに芽生えてしまうこと、そしてそれを感じ取ったエンジニアが疲弊していくところがダメだと、このままではいけないとメディアでも挙げられていますが・・・・

全くそのとおりだと思います。

自分も上に挙げたようなことと更に言えば、自分が関わった案件がその後どうなったのか、お客様や、お客様のお客様(=国民全員)に喜ばれるようなシステムとなったのか、また、実際に作っていた身として「ここはもうちょっとこうしたほうが・・」ということもあったのですが・・・今となってはただの言い訳ですが、工数や自分の立場を考えると言い出せずに心のなかに仕舞いこんでしまった部分は改善されたのか・・・などなど、現場を離れるとそんなことを知る術がないし、知る立場にもない、フィードバックすることさえできない、そんな部分に嫌気がさしてしまい、今度は「社内SE」という仕事をしようと思いたち、現在は社名を言えば誰でも知ってるような会社の情シスで働いています。

今はエンジニアとして幸せなのか?と問われると「あのときに比べればすっごく幸せ」と答えられます。
今も今で、色々と壁を感じたり悩むことは多々あるのですが、あのときに悩んでいた自分自身のスキルアップ面での不安や次々と現場が変わってしまうことに対する不満に比べると、やりたいことをやらせてもらえるかは別としても、やりたいと声を上げることはできる、いま自分が携わってない領域でもいろんなことにチャレンジできる、また、自社内のシステムを作る・運用するという部分で「このシステムは私が作ったかわいい子」と心から思えて、システムに対する責任を感じられる、「上から言われたから」という受動的な行動だけではでなく、自分自身で「こういうのはどうだろうか?」と自ら考えて動くことができる、そういったことをできるという点で幸せだと思えます。

そしてあの頃と比べると、いま見えている景色は随分と違います。 たぶん今もあそこに居続けていたら、ビッグデータ?IoT?AI?クラウド?なにそれ美味しいの?ってか、私には関係ないかなー・・・とそれらがどんなものなのかすら調べようともしなかったはず。
JAWS-UGというコミュニティもそうですが、当時〔年代的にbefore クラウド時代でしたが)もしもJAWS-UGというコミュニティを知って、参加したいと思っていたとしても、残業時間的な理由で参加はできていなかったと思います。
土日開催の勉強会があったとしても「休みの日は寝たい」が一番上に来て、いや、そもそも休日出勤しなきゃだし・・・といった感じで参加していなかったと思います。
大学卒業後に上京したので、友達と呼べる人はほぼ無く、会社と家の往復の毎日でした。

今にして思うと、よく実家に帰らなかったよな、そういう根性だけはあったんだなぁと笑えてくるのですが、よくよく考えると根性があったというよりは、そういう日常を送る世界が普通のことなんだと思いこんでいて・・・いや、そうではない世界があることをそもそも知らない・・・違うな、そういう世界というものは、自分には到底到達できない、自分とは無縁の全く関係のない遠い世界なのだと勝手に思い込んで、そして勝手に諦めてしまっていたというのが本当のところなのだと思います。

日本国内のIT系人材は約102万人いるといわれていてそのうち、社内SEと呼ばれる人は約25万人、SIer側の人が79万人と言われています。
※2011年度経済産業省IT人材白書より

やはり、自分が見てきた世界しかわからないのでSIer側の人全員がエンジニアとして不幸だと言うつもりはありません。
もちろん、やりがいや責任感を感じて仕事をしている方たちはたくさんいると思っています。
現在の会社も完全内製というわけではなく、昔私がいた会社に対する「発注元(=元請け)」の企業にシステム開発の依頼をすることもあります。
最近はその元請け企業だけではなく、2次請け・3次請けで実際に手を動かしているであろう企業の方たちも打ち合わせに出てきて、あーでもないこーでもない、という話を一緒にしています。
この点については私がいた「あのとき」とは少しずつ変わってきたのかな、なんて思います。

エンドユーザが公共系と民間企業では違うのかもしれませんが、自分がいた頃はお客様先での打ち合わせに2次請け以降の立場の人が出ることなんてなかった。
だいたい全部元請け企業と発注元企業の情シスとで決めてきたことを「これやってね」と渡されて、そのとおりに作る、それだけでした。

ただ、自分が今見ている世界は、私が今の立場にあるからこそ見えている景色であって、あのとき思い立つこともなく昔のままでいたとしたら見ることのない景色だったと思います。
少しずつ変わってきているように見えてはいるけれど、実際の現場にいたら全然変わっていないようにも思えるのかもしれません。

IT系メディアでたまに取り上げられる多重下請け構造の闇、というものが今でも変わらずにあって、昔わたしが感じていたような不満や不安をいま感じている人が居るのであれば、声を大にして言いたい。

自分自身が切り拓く世界は無限だ、案外いろんな企業の情シスは人を欲しがってるぞ!!!
そして、情シスではなくてもイケてそうなIT系企業も人を欲しがってるぞ!!!!!